最終話 – 連載『5月革命 50周年』

「5月革命」と世論調査

「5月革命」の記憶が10年ごとに種々の世論調査の対象になってきたのは,別に驚くことではない。驚くべきは,論壇における知識人たちの評価がきわめて厳しかった1980年代から90年代においても,全体としてみるとフランス人が一貫して,68年5月が社会に及ぼした影響を肯定的に捉えていることである。「革命」から20年たった1988年になされた調査によれば,回答者の60%は68年5月がフランス社会に変化をもたらしたことを認めているばかりか,23%はこの変化が「大きなもの」であったと答えている。そして,調査対象の55%にとって,そうした変化は「むしろ良いもの」だったのに対して,それを「むしろ悪いもの」と考えるのは25%にとどまった。さらに,上にも書いたように,2007年の大統領選挙に際して,保守派の候補者サルコジが「68年の遺産を決定的に清算する」ことを,選挙期間中の重要な論点の一つとして当選したにもかかわらず,2008年にCSA社が行った調査によれば,「68年5月」を肯定的にとらえるフランス人は全体の74%に達し,前年の大統領選挙に際してサルコジに票を投じた人でさえ,65%が肯定的な評価をしているのである(社会党の公認候補であったセゴレーヌ・ロワイヤルSégolène Royalを支持した人たちの間では,この比率は83%に上がる)。

とくに興味深いのは,同じCSAの調査では,「秩序と権威を重視する社会」と「より個人の自由を認める社会」のどちらを好むかという質問に対しては,57%が前者を選び,後者を選んだのは37%でしかなかった,という事実である。また,若いカトリック信者を主な読者とする雑誌『ペルランPèlerin』のためにSofres社が実施した調査でも,68年5月の影響を「良い」,あるいは「むしろ良い」と考えるものが全体の73%で,さらに3%は「非常に良い」と答えている。とはいえ,同じ調査で68年5月の価値観に親近感を覚えるかどうかという質問に対しては,全体の50%が否定的な回答をしているのに対して,肯定的な答えは45%にとどまっている。

最後に,2018年4月,すなわち50周年が近づいたときに実施されたViavoice の調査によれば,「5月の遺産」を積極的にとらえるものが全体の70%にまで達している。この調査を紹介している『リベラシオン』紙(« L’opinion se réjouit sans clivage », par Jonathan Boucher-Petersen, Libération, 1 mai 2018)は,Viavoice社の政治調査部長オーレリアン・プルドムAurélien Preud’hommeの次のような解説を引用している。すなわち,「論壇や政界では68年5月に対する評価が現在でも大きく割れているのに対して,国民の間ではかなり大きなコンセンサスが成立している。事実,68年5月を肯定的に評価するものは左翼支持者の間で88%であるのに対して,中道支持者でも77%,そして極右政党である国民戦線FNの支持者でさえ68%に上っているのである。68年5月を批判する人々は,それをリバタリアンの「ババ・クールbaba cool(ババはヒンドゥー語でパパを意味する。1981年にフランソワ・ルテリエFrançois Leterrier監督が撮影した『ババ・クール,あるいは片が付いたら合図してLes Babas-cool ou Quand tu seras débloqué, fais-moi signe !』による表現で,共同生活を送るヒッピーを指している)」の姿に矮小化しているが,多くのフランス人にとっては,68年5月まず何よりも社会的,政治的な進歩を意味している。確かに調査対象の多くが68年5月を暴力的な運動であったと考えているが(「暴力的」と考える人が47%,「平和的」と答えた人が33%),それでも,当時の政府に親近感を寄せるものは全体の12%に過ぎず,38%は運動参加者に対してより親近感を抱いている[1]」。

 

「5月革命」の遺産

サルコジが「決定的に清算する」とした68年5月の遺産とは何か。当時の反政府運動の主要な指導者のひとりであったクリヴィヌが,2018年3月9日付『ル・パリジアン』紙とのインタビューで,「5月革命で指導的な立場にあった誰一人として,真剣に権力を奪取する用意もなかったし,それが可能だとも考えていなかった[2]」,と認めている。それはおそらく真実だろう。それでなければ,68年6月の繰り上げ総選挙や,翌年のド・ゴール辞職を受けた大統領選挙に際して,左翼陣営が準備不足ゆえの内部対立をさらけ出して,惨敗に終わることはなかったはずである。

政治権力を行使できるか否か,という観点からだけ判断すれば,「5月革命」は失敗に終わった,といっても過言ではない。それにもかかわらず,その後30年以上にわたって,保守政治家はもとより,多くの哲学者や政治学者が,「5月革命」に対する強い反感を隠さず,その遺産をいまだに恐れていることは疑えない。何がその原因になっているのだろうか。

いくつかの世論調査が示しているように,「5月革命」はまず何よりも労使関係など,社会面における前進をもたらし,生活習慣や社会関係mœurs,教育の分野に大きな変化をもたらしたのである。企業内の人間関係や教育の場における教師と生徒の関係,あるいは社会生活における男性と女性の関係など,調査の回答者が重視する68年5月の遺産はもっぱら人間関係,社会的な価値観にかかわるものである。そして,それが68年当時は極めて大きな混乱,無秩序をもたらしたことも確かだろう。たとえば,アニー・コエン=ソラルAnnie Cohen-Solalの『サルトル 1905-1980』が描写している,ソルボンヌの大講堂にサルトルが学生たちとの「討論会」に出席した時の様子[3]がある。同書によれば,超満員に膨れ上がった大講堂には「信じられないような混乱の中にあり」,討論にわずかでも筋道をつけられるような司会者も責任者もいない中で,高名な哲学者に対していきなり「ジャン=ポール」と名前だけで呼びかけて,「あなた」ではなく「おまえ」と語りかけるtutoiement若者たちが,あらゆる類の質問を投げかけたという。

そうした変化,一言でいえば自由の拡大は,大学やその関連施設だけでなく,職場でも,友人関係でも認められるものであった。私が働いていた東京のフランス大使館でも,大使をはじめとする幹部職員とその他の職員との間で,日常のかかわり方や言葉遣いに微妙な違いが表れて,時とともに次第に明確になっていった。

それを伝統の破壊,民族アイデンティティーの喪失,既成権威の崩壊ととらえるか,それとも人間らしさの発露,自由の拡大,平等の前進と考えるかは,個人ごとに異なる判断があってもおかしくない。しかし,歴史を振り返ると,その当時は成功したといえる「革命」もそのほとんどが,政治的にはのちに成果を覆されたり,そこまではいかずとも,部分的に逆戻りさせられたりしているのに,社会的な前進とされるものを再度俎上に載せることはより難しいし,まして個人の意識にかかわる「革命の遺産」を根本から崩壊させることは,ほぼ不可能なのではないだろうか。68年5月についても,このことは確かだと考えたい。その意味からきわめて興味深い証言として,当時は『ル・モンド』の記者をしていたロラン・グレルサメールLaurent Greilsamer(2014年以降は週刊誌『L 2』の編集顧問。なお,1953年生まれのグレルサメールは1968年には15歳になったばかりで,パリのビュフォン高校Lycée Buffonに在学していた)の次の文を引用して締めくくりにしたい。

 

「私たちは,際限なく厳しくてもの悲しく見えた灰色の世界から抜け出していた。…68年5月以前は白黒の世界だった。そのあとはテクニカラーであるNous sortions d’un monde gris qui nous semblait infiniment dur et triste… Avant Mai 68, c’était du noir et blanc.  Après, du Technicolor. « Mai commença en janvier … », par Laurent Greilsamer, Le Monde, 5 mai 2008.」

 

Odeon-Mai1968
Eric Koch / Anefo
[1] Mais quel est donc cet héritage qui vient nourrir le regard très majoritairement positif des Français sur Mai 68, alors que ces événements ont clivé le pays à l’époque? Loin de la caricature baba cool et libertaire à laquelle ses procureurs voudraient le réduire, dans la mémoire française Mai 68 reste en premier lieu un souvenir positif pour les avancées sociales et politiques rendues possibles par les utopies et les mobilisations populaires d’alors. «61 % des Français associent Mai 68 à une convergence des mobilisations entre étudiants et travailleurs, plus qu’à un mouvement de la seule jeunesse (19 %) ou circonscrit au monde du travail (14 %)», souligne Aurélien Preud’homme. Dans le bilan de 68, l’opinion retient d’abord la conquête de nouveaux droits sociaux (43 %), le «mouvement populaire» (41 %), loin devant la question des valeurs ou l’évolution des rapports entre individus (20 %).
[2] Alain Krivine : «Le mouvement de Mai 68 n’avait pas de crédibilité politique», Le Parisien, 9 mars 2018.このインタビューでクリヴィヌは次のように語っている。Aucun de nous ne l’a envisagé. Tout simplement car ce n’était pas crédible. Il y a eu un espoir, une tentative de prise de pouvoir par Mitterrand et Mendès France, mais elle a échoué. S’est ensuivie la victoire des gaullistes en juin, à l’issue des législatives anticipées, et notre organisation a été interdite.
[3] « Sartre 1905 – 1980 », par Annie Cohen-Solal, coll. Folio/essais, Gallimard, 1999

 

第1話 1968年の国際・国内情勢 – 連載『5月革命 50周年』

第2話 1968年5月のフランス – 連載『5月革命 50周年』

第3話 「5月革命」に関する評価の変遷 – 連載『5月革命 50周年』

著者 : 彌永 康夫 エコール・プリモ講師。1965年~2000年在日フランス大使館広報部に勤務し、歴代の大使をはじめ、大統領、首相、官僚など、訪日するフランス要人の通訳をこなしたほか、膨大な量の時事日仏翻訳を担当、日仏間の相互理解の促進に努める。

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