第3話 「5月革命」に関する評価の変遷 – 連載『5月革命 50周年』

「5月革命」に関する評価の変遷

 1968年の国民議会選挙に続いて,翌1969年に,ド・ゴールの辞任を受けて実施された大統領選挙でも,左翼勢力の分裂が保守派の大勝をもたらした。左翼からは社会党のドフェールGaston Defferre,共産党のデュクロJacques Duclos,統一社会党Parti socialiste unifié=PSUのロカールMichel Rocard,共産主義同盟Ligue communisteのクリヴィヌAlain Krivineが立候補したが,最大の票数を獲得したデュクロでさえ得票率は21.27%にとどまり,中道勢力に担ぎ出された,全国的にはほぼ無名の上院議長ポエールAlain Poherの23.31%に及ばなかった。こうして,決選投票はド・ゴール派のポンピドゥーと中道のポエールの間で争われることになり,両者のいずれにも票を投じることを拒んだデュクロはC’est blanc bonnet ou bonnet blancという有名な比喩を用いて,共産党支持者に決選投票のボイコットを呼びかけた。

1.-「反68年思想Pensée anti-68」

 左翼,なかんずく極左「集団」の間に,いわば近親憎悪ともいうべき意見の対立が生まれ,日本の新左翼における「内ゲバ」に似たような関係が避けられなかったことも,68年に対する評価に大きな影響を与えた。とくに1970年代には,「革命」に何らかの形で直接にかかわった人々の間に,その結果に対する幻滅が生まれ,そのうちのかなりのものが「反68年」思想とも呼ばれる道をたどることになった。とくに有名なのは,1974年に仏訳が出版されたソ連の作家ソルジェニーツィンAlexandre Soljenitsyneの『収容所群島L’archipel du Goulag』に影響を受けて,ソ連の強権的な全体主義を強く批判して,「マルクスは死んだMarx est mort」(哲学者ブノワJean-Marie Benoistによる)と断言した「新哲学者nouveaux philosophes」たちである。代表的な思想家としては,グリュックスマンAndré Glucksmannとベルナール=アンリ・レヴィBernard-Henri Lévyを挙げることができる。グリュックスマンは元毛沢東主義者として知られるが,レヴィとともにテレビの書評番組などに頻繁に登場して,マスコミの寵児になった。その他,同じくかつては毛沢東派に属した哲学者フィンケルクロートAlain Finkierklautや社会学者で作家のル・ゴフJean-Pierre Le Goff,さらにはかつてキューバ革命の英雄フィデル・カストロやチェ・ゲバラと行動を共にしたレジス・ドブレRégis Debrayなどが,マスコミを舞台に論壇に大きな影響を及ぼしていた。

 「5月革命」に対する批判は,相互に相いれないものまで含めて,多岐にわたっている。『リベラシオン』紙の編集主幹ジョフランLaurent Joffrinが2018年5月1日付同紙に「68年5月 真の解放に対するいわれない非難Mai 68 : les faux procès d’une vraie libération」と題する長文の記事で,「5月革命」批判の主なものを取り上げて,反論している。それを列挙してみよう。

 -「68年5月は,リバタリアン的で消費主義的な快楽主義を掲げて,…フランス社会…を支えていた共通の価値観を壊滅させた,個人主義的,利己的な反乱であった。Mai 68 fut une révolte individualiste et narcissique qui a dissous au nom d’un hédonisme libertaire et consumériste les valeurs communes …de la société française.」

 -「68年5月は,大学を混乱と破産状態に追い込んだ学生たちによる,危険でアナーキーな反乱であった。Mai 68 fut…une révolte étudiante délétère et anarchique qui a plongé l’université dans le désordre et la déconfiture.」

 -「68年5月は暴力的なマルクス主義運動であり,偏狭な少数派を利するために民主主義の秩序を転覆しようとするものであった。Mai 68 fut un mouvement marxiste et violent qui a tenté de renverser l’ordre démocratique au profit de minorités sectaires ….」

 -「68年5月は,フランスの共和主義に基づく構造を破壊しようとする,無目的で虚無的な反乱であった。Mai 68 fut une révolte nihiliste et sans but, qui a cherché à détruire les structures républicaines de la France.」

 -「68年5月は親の権威を傷つけ,家族を分裂させた。Mai 68 a abaissé l’autorité parentale et désagrégé la famille….」

 -「68年5月は学校を崩壊させ,学問と価値の伝達を破滅に導いた。Mai 68 a détruit l’école et ruiné la transmission du savoir et des valeurs.」

 -「68年5月は国家(ナシオン)に対する攻撃であり,冷徹なグローバル化の前兆であった。Mai 68 fut un attentat contre la nation et un prélude à la mondialisation sans âme….」

 -「68年5月は資本主義の狡猾さを示すもので,社会のネオリベラルなアメリカ化を決定的に促すものであった。Mai 68 fut…une ruse du capital et un adjuvant décisif à l’américanisation libérale de la société.」

-「68年5月は保守の勝利であった。保守は5月事件の結果,以前にも増して力を得た。Mai 68 fut une victoire de la droite qui est sortie renforcée des événements.」

 -「68年5月の指導者は毛沢東服を捨ててロータリークラブの会員になった。これは指導者に裏切られた革命であった。Mai 68 fut une révolution trahie par ses leaders qui sont passés «du col Mao au Rotary Club».」

 これらの非難そのものについては,とくに反論の内容を紹介するまでもないだろう。ただ,時事フランス語という観点から覚えておきたいことがいくつかある。第1には,anarchisteとlibertaireという語についてである。これら二つの語は,少なくとも1980-90年代までのフランスに限って言えば,ほぼ同義語として理解してよいのだが,1980年代以降,とくに経済活動のグローバル化が進んで,ネオリベラリズムが主流になるとともに,libertaireは国家や共同体による一切の制約を拒否するとともに,あるいはそれ以上に,企業と個人の自由を優先する,アメリカで「リバタリアン」と呼ばれる人々を指すようになった。第2は,「5月革命」に参加したものの中で,のちに「転向者」になった人々がしばしば口にする言葉にboboというものがある。これはbourgeoisとbohémienを結び付けて縮めたもので,「革命」のうちでも快楽的で利己的な側面のみを取り上げて,「革命」そのものを「お坊ちゃまfils à papa」たちの無責任で一時的な活動とみなそうとするものである。こうした非難をなすものはまた,「5月革命」が「セックス革命révolution sexuelle」だったと断言することがある。確かに,フランスの学生運動や労働運動の中で女性の存在が表面に現れることはそれまでほとんどなかった。とはいえ,68年当時,学生デモの中に見られた女性たちが,公の場で積極的に発言することは極めてまれであった。第3は,「学生の」を意味する形容詞として,68年当時はestudiantinという語が多く用いられていたのに対して,その後はétudiantのほうがよりしばしば使用されるようになったことを記しておきたい。また,「社会の」を意味する形容詞にも変化が見られた。socialとsociétalという二つの語があるが,後者はPRによれば1970年代になって初めて日常言語に登場したようである。これは単に「社会の」というよりは,「社会制度に関する,社会的な価値観に関して」というニュアンスを持つもので,AntidoteはLa France a connu de profondes mutations sociétales au cours du dernier demi-siècle (Le Monde)という用例を挙げている。

 『ル・モンド』は2018年3月15日号に,『反68年思想La pensée anti-68』の著者でパリ第4大学教授のセルジュ・オディエSerge Audierのインタビューを掲載している。それはジョフランの記事に取り上げられている「反68年思想」に多くのことを付け加えているわけではないが,1980年代の半ばに登場してきたリュック・フェリLuc Ferryやアラン・ルノーAlain Renaudなどが,「68年思想」に対して,それが「現代の反ヒューマニズムantihumanisme contemporain」であると批判した事実を想起していることは,注目されるべきである。これについてオディエは,「(フェリらの)批判は未整理であり,一貫性に欠けるいろいろな要素が雑然とぶつかり合っているdes éléments peu cohérents se sont télescopés dans ce réquisitoire confus」と断じている。

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Robert Schediwy

-世代交代と評価の客観化

 現在でもなお,「68年世代は存在するのかExiste-t-il une « génération 68 » ?」(2018年3月16日付『ル・モンド』に掲載された記事のタイトル)という問いが出される。ここでいう「68年世代(soixante-huitard(e)ともいうが,これは「年齢」だけの問題ではなく,「5月革命」に直接参加したかどうかという意味も含んでいる)」が,パリの学生街であるカルチエ・ラタンを主な生活の舞台として,68年5月のある日,ソルボンヌの中庭を祭りと百家争鳴の討論の場にした学生たちだけを指しているのなら,それは正確ではない。なぜなら,「5月革命」はパリで始まったにしても,全国に波及して,労働者や農民をも巻き込んで,最も多い時には1000万人以上が参加したゼネストに発展したものだからである。

社会層も年代も異なる人々を数週間にわたって,国中で熱狂の渦に巻き込んだ運動である「5月革命」を,特定の人物像に閉じ込めることは不可能である。それゆえ,それに参加したいろいろな思想を持ち,様々な社会層に属する人たちが,それぞれの生きた体験に基づいて描く「5月革命」が,一つの評価や単一の分析に行き着かないのも当然である。とはいえ,1970年代から1990年代までは,直接の参加者が,もっぱら個人の経験に基づいて,しかもしばしば,「革命後」の深い幻滅に導かれて,全面的な否定とまではいわないまでも,きわめて批判的な68年像を伝えてきたことは否定できない。また,「68年世代」のすぐ後に続いた世代が,年長者に対するある意味で自然な反発を前面に出して,「5月革命」の否定的な側面にスポットライトを当てたことも確かだろう。たとえば,1955年生まれの元大統領ニコラ・サルコジは,2007年の大統領選挙に先立つ運動期間中,「68年5月は知的・道徳的な相対主義をわれわれに押し付けたmai 68 nous avait imposé le relativisme intellectuel et moral」と断言し,選挙で問われることになるのは,「68年5月の遺産を永らえるべきなのか,それともそれを最終的に清算することなのかであるil s’agit de savoir si l’héritage de Mai 68 doit être perpétué ou s’il doit être liquidé une bonne fois pour toutes」と続けた。

「専門家であるか,一つのテーマだけをマニアックに追及する人でない限り,68年5月の40周年を機会に,それを扱った書籍のすべてを読むことは不可能だろうA moins d’être un spécialiste ou un monomaniaque, il sera difficile de lire l’ensemble des publications consacrées à Mai 68, à l’occasion de son quarantième anniversaire」(2008年5月の『ル・モンド・ディプロマティック』)。実際,「68年5月を記念する本が最近だけでも100冊近く出版されているPrès d’une centaine de livres viennent d’être publiés en France pour « fêter » Mai 68」(同上)。とはいえ,当時フランス全国を麻痺させたストに参加した何百万の人々の記憶が,やっと「5月革命」の意義をめぐる論争の中にその声を反映させられるようになったのは,比較的最近のことである。いうまでもなく,日本でもフランスの「5月革命」に関する多くの書籍や考察が出版されている。なかでも西川長夫による『フランスの解体? もう一つの国民国家論』(人文書院,1999)と『パリ5月革命 私論 転換点としての68年』(平凡新書,2011)を挙げておこう。

2010年代に入ってからようやく,68年5月が正当な研究の対象になった。言い換えると,客観的な歴史研究が進められるにつれて,「68年」は単数ではなく複数形で語られるべきだと考えられるようになった。確かに,「生きた記憶mémoire viveから文化的記憶mémoire culturelle」に変わるためには少なくとも40年ぐらいが必要だという意見がある。たとえば『ル・モンド』の「論争」欄担当記者ニコラ・ヴェイユNicolas Weillが,ドイツのエジプト学者ヤン・アスマンの考えを伝えながら,次のように書いている。Il est vrai que la période de quarante ans n’est pas une étape comme les autres du point de vue des rythmes de la mémoire collective. Pour le philosophe et égyptologue allemand Jan Asmann, qui a passé les phénomènes mémoriels aux cribles de plusieurs contextes, quatre décennies correspondent aux débuts de la transformation de la “mémoire vive” (celle des acteurs et des témoins) en “mémoire culturelle” (publique et historique). « Les années 1968 sans folklore ni pavés », par Nicolas Weill, Le Monde, 25 février 2008。

『ル・モンド』はすでに2008年に「反68年5月思想は枯渇しているLa pensée anti-Mai 68 s’épuise」と題する記事を掲載し,「(1980-90年代に見られた)1968年と絶縁しようする奇妙な情熱は,事実の歪曲を前提としているcette étrange passion à se dépendre de Mai 68 passe par la déformation」と書いている。それに続けて,筆者である同紙の記者ヴェイユは,「この戯画化された68年像は,その後に政権を握った保守派の言説を育てたcette caricature fait le terreau du discours futur de la droite au pouvoir」が,「近年の歴史資料研究がそれに歯止めをかけたcette tendance de fond est contrecarrée depuis quelques années par les progrès de l’historiographie」と指摘したうえで,要約すると次のように論理を展開している。「共産主義の失敗がベルリンの壁崩壊によって明白となった後,左翼の思想家や哲学者たちはネオリベラリズム批判を再構築する作業に取り組み始めたが,その際に68年の経験が非暴力主義に基づいた反体制闘争のモデルになりうるものと捉えることになった。アレクシス・ド・トックヴィルAlexis de Tocquevilleやレモン・アロンRaymond Aronに代表されるフランスのリベラリズム思想が,2000年代に入ってフランスの衰退を強調する悲観論déclinismeにはまり込んでいた一方で,フランスのアラン・バディユーAlain Badiou,イタリアのアントニオ・ネグリAntonio Negri,アメリカのマイケル・ハードMichael Hardtといった政治哲学者が,自由や社会正義,政治的アンガージュマンなどをテーマに精力的な著作活動を展開している[2]」。

[2] この部分は原文を大幅に要約している。原文は次の通り。Or cette tendance de fond est contrecarrée depuis quelques années par les progrès de l’historiographie, qui ont donné de Mai 68 une tout autre image que celle d’un événement dont le message serait à rechercher dans les mœurs ou dans un effet de connivence générationnelle. Ce renouvellement s’accompagne d’un dynamisme de la pensée radicale, lequel se traduit à son tour par une efflorescence de maisons d’édition et de revues, parfois animées par de très jeunes gens. Depuis la chute du Mur de Berlin, l’extrême gauche se trouve en effet confrontée à un défi qui stimule sa productivité théorique : celui de reconstruire une critique du néolibéralisme après l’échec du communisme, tout en faisant l’économie de la violence. Sur ce point-là, la lutte à fleurets relativement mouchetés de Mai 68 peut servir de modèle alternatif. De même que les mouvements de libération collective des minorités, qui en sont plus ou moins issus, battent en brèche l’idée que le legs de 1968 puisse se réduire à l’émergence d’un néobourgeois individualiste pressé de ” jouir sans entraves “.
Nul doute que ces nœuds-là stimulent les théoriciens de l’extrême gauche et suscitent de ce côté-là un bouillonnement. Il contraste avec l’ambiance crépusculaire qui semble s’être emparée de la réflexion libérale qui se réclame d’Aron et de Tocqueville. Alors qu’on voit des philosophes comme le Français Alain Badiou, les Italiens Antonio Negri ou Giorgio Agamben, l’Américain Michael Hardt ou le Slovène Slavoj Zizek constituer, parfois de façon brouillonne, une nouvelle constellation de philosophie politique critique, la tradition libérale en France s’est comme figée sur sa posture mélancolique ou décliniste. Quand elle n’est pas devenue franchement réactionnaire ! (« La pensée anti-Mai 68 s’épuise », par Nicolas Weill, Le Monde, 26 avril 2008

続く(次回は9月28日更新予定)
第1話 1968年の国際・国内情勢 – 連載『5月革命 50周年』

第2話 1968年5月のフランス – 連載『5月革命 50周年』

最終話 – 連載『5月革命 50周年』

著者 : 彌永 康夫 エコール・プリモ講師。1965年~2000年在日フランス大使館広報部に勤務し、歴代の大使をはじめ、大統領、首相、官僚など、訪日するフランス要人の通訳をこなしたほか、膨大な量の時事日仏翻訳を担当、日仏間の相互理解の促進に努める。

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